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最高裁判所第二小法廷 昭和45年(オ)232号 判決

上告人

王永亮

右訴訟代理人

磯崎良誉

三上英雄

村上昭夫

被上告人

高長増

右訴訟代理人

上田誠吉

青柳盛雄

主文

本件上告を棄却する。

原判決の主文を次のとおり更正する。

原判決主文に第二項として次の一項を加える。

「第一審判決主文第一項を、『控訴人は被控訴人高長増に対し、第一審判決別紙物件目録記載の土地および建物につき、それぞれ所有権移転登記手続をせよ』と変更する。」

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人磯崎良誉の上告理由第一点について。

論旨は、訴外留日華僑北省同郷連合会(以下「連合会」という。)のような法人格のない社団、すなわち、いわゆる権利能力なき社団の資産たる不動産につき、その公示の方法として社団の代表者個人の名義による登記が経由された場合に、登記名義人となつた代表者がその地位を失い、新代表者が選任されたため、登記の名義を旧代表者から新代表者に移転することを求める訴訟において、何ぴとが原告となるのが相当かは、訴訟におけるいわゆる当事者適格の問題であることを前提として、原判決の判断遺脱をいい、また、原判決がその判断を加えたものであるとしても、理由不備の違法があるというのである。

よつて検討するに、第一審判決および原判決によると、上告人は、第一審において、本案前の申立として、本訴における原告としての適格は、民訴法四六条により、訴外連合会がこれを有するのであつて、その代表者にすぎない亡林憲栄(被上告人による訴訟承継前の原告、被控訴人)はこれを有しないから、訴の却下を求める旨を主張したところ、第一審判決は、右申立に対する判断として、権利能力なき社団は、その構成員の総有に属する不動産につき登記簿上権利者となることは許されず、したがつて登記申請人となることもできないこと、権利能力なき社団の資産たる不動産の権利主体を公示する方法としては、社団の代表者個人の名義をもつて登記をする以外に適当な手段がないこと、かかる公示の手段によつた場合において、代表者に交代があつたときは、新代表者は、特約に基づく登記請求権に類似する権利として、旧代表者に対し所有権移転登記請求権を有することを説示して、訴の却下を求める上告人の主張を排斥した。しかるに、原判決は、その理由中の「本案前の申立につき」と題する項においては、「被控訴人林憲栄が昭和四三年三月一三日に死亡したことにより本件訴訟は当事者を欠くにいたつたので、終了した」旨の上告人の主張に対する判断として、新たに訴外連合会の代表者に選任された被上告人が本訴訟の当事者たる地位を承継したものであつて当事者を欠くにいたつたものではないとして、上告人の右主張を排斥したにとどまり、上告人の前示当事者適格に関する本案前の申立に対しては明示の判断を示さず、また、右の点に関する第一審判決の説示をも引用していないことは所論のとおりである。しかるところ、原判決は、その理由中の「本案につき」と題する項において、「当裁判所の判断は、次の点を附加補充するほか、原判決理由記載と同一であるからこれを引用する」と説示しているのであるが、同項において付加された判断は、訴外連合会の代表者林憲栄の死亡によつて新たにその代表者に選任された被上告人に対する右選任手続の適法性に関することに限られていることにかんがみれば、原判決は、むしろ、第一審判決が本案前の申立に対する判断としてなした前記説示を本件訴訟の本案である被上告人の上告人に対する登記請求権の有無に関する判断として引用することによつて、現に訴外連合会の代表者の地位にある被上告人はすでに代表者の地位を失つた上告人に対し訴外連合会の資産たる本件不動産につき所有権移転登記請求権を有する旨の判断を示したことを窺い知るに十分である。

しかして、本件訴訟において権利能力なき社団たる訴外連合会がみずから原告となるのが相当であるか、その代表者の地位にある者が個人として原告となるのが相当であるかは、権利能力なき社団の資産たる不動産につき公示方法たる登記をする場合に何ぴとに登記請求権が帰属するかという登記手続請求訴訟における本案の問題にほかならず、たんなる訴訟追行の資格の問題にとどまるものではないのである。

してみれば、原審が、第一審判決によつて本案前の申立に対する判断としてなされた説示部分を原判決理由中の「本案前の申立につき」と題する項において引用することなく、「本案につき」と題する項において本案に対する判断として引用したことはかえつて正当として是認できるのであつて、原判決には、なんら所論判断遺脱の違法はない。そして、原判決の引用にかかる第一審判決の判断がその結論において正当であることは、論旨第二点に対し、のちに説示するとおりである。したがつて、原判決に理由不備の違法があるとする論旨も理由がない。論旨は、いずれも採用することができない。

同第二点について。

論旨は、権利能力なき社団に登記申請の資格を認めるべきことを前提とし、訴外連合会のような権利能力なき社団の資産たる不動産につきその公示方法として登記をするにあたつては、社団であることの実体に即し、法人が登記申請人となる場合に関する不動産登記法三六条一項二号および三号の規定を準用して、登記簿に社団の名称、事務所を記載し、かつ権利能力なき社団であることを示すため社団代表者の氏名住所を併記する方法を認めるべきであつて、代表者個人名義の登記を許すべきではないから、代表者個人の名義による登記の申請を認める原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)には、同条の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

しかしながら、権利能力なき社団の資産はその社団の構成員全員に総有的に帰属しているのであつて、社団自身が私法上の権利義務の主体となることはないから、社団の資産たる不動産についても、社団はその権利主体となり得るものではなく、したがつて、登記請求権を有するものではないと解すべきである。不動産登記法が、権利能力なき社団に対してその名において登記申請をする資格を認める規定を設けていないことも、この趣旨において理解できるのである。したがつて、権利能力なき社団が不動産登記の申請人となることは許されず、また、かかる社団について前記法条の規定を準用することもできないものといわなければならない。

ところで、右のように権利能力なき社団の構成員全員の総有に属する社団の資産たる不動産については、従来から、その公示方法として、本件のように社団の代表者個人の名義で所有権の登記をすることが行なわれているのである。これは、不動産登記法が社団自身を当事者とする登記を許さないこと、社団構成員全員の名において登記をすることは、構成員の変動が予想される場合に常時真実の権利関係を公示することが困難であることなどの事情に由来するわけであるが、本来、社団構成員の総有に属する不動産は、右構成員全員のために信託的に社団代表者個人の所有とされるものであるから、代表者は、右の趣旨における受託者たるの地位において右不動産につき自己の名義をもつて登記をすることができるものと解すべきであり、したがつて、登記上の所有名義人となつた権利能力なき社団の代表者がその地位を失つてこれに代る新代表者が選任されたときは、旧代表者は右の受託者たる地位をも失い、新代表者においてその地位を取得し、新代表者は、信託法の信託における受託者の更迭の場合に準じ、旧代表者に対して、当該不動産につき自己の個人名義に所有権移転登記手続をすることの協力を求め、これを訴求することができるものと解するのが相当である。

所論は、右の場合においても、登記簿上、たんに代表者個人名義の記載をするにとどめるのは相当でなく、社団の代表者である旨の肩書を付した記載を認めるべきであつて、判決においてもその趣旨の登記をなすことを命ずべきものと主張する。

しかしながら、かりに、そのような方法が代表者個人の固有の権利と区別し社団の資産であることを明らかにする手段としては適当であるとしても、かような登記を許すことは、実質において社団を権利者とする登記を許容することにほかならないものであるところ、不動産登記法は、権利者として登記せらるべき者を実体法上権利能力を有する者に限定し、みだりに拡張を許さないものと解すべきであるから、所論のような登記は許されないものというべきである。

してみれば、被上告人の本訴請求を認容した原判決は、結論において正当であり、論旨は理由がないから排斥を免れない。

なお、本件訴訟は、上告人に代つて訴外連合会の代表者に就任した林憲栄が原告となつて提起されたものであるところ、同人は、第一審において勝訴したが、上告人の控訴によつて訴訟が原審に係属中に死亡したため、新たに訴外連合会の代表者に選任された被上告人において同人の被控訴人としての地位を承継したことは原判決の説示するとおりである。しかして、原審が上告人の控訴を棄却した判断が正当であることは前示のとおりであるが、被上告人による訴訟の承継によつて、第一審判決が上告人から第一審原告林憲栄に対してなすべき旨を命じた本件土地および建物についての所有権移転登記手続は、上告人から新当事者である被上告人に対してなされるべきものとなつたから、原審が上告人の控訴を棄却するにあたつては、その旨を原判決の主文において明記するのが相当であつたといわなければならない。しかるに、原判決はこれを遺脱しているので、民訴法一九四条に則り、当審において、本判決主文第二項、第三項のとおり原判決を更正し、このことを明らかにすることとする。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(村上朝一 色川幸太郎 岡原昌男 小川信雄)

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